1週間の里帰り

90歳の祖母が亡くなり、1週間実家に帰っていました。

バタバタでしたが、最後は自然に囲まれた我が家でのんびりできて良かったです。

暴飲暴食の日々で、胃腸は疲れ気味でしたが、横浜の家に帰って鏡をふと見たら、意外にも目がキラキラしていました。

家族や自然からもらえるエネルギーって、とても大きいものなんだろうなーと思いました。

近所の人の栽培している蕎麦畑。

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祖母の形見分けで、祖母の手縫いの着物とポーチをもらってきました。

ポーチの柄が気に入ってます。

[画像:36748ce0-s.jpg]

着物はサイズが小さめですが、なんとか着こなしてみたいと思います。

近所の人に

「おばあさんが縫った着物、たくさんあるでしょ~。」

と声をかけられましたが、着物の他にも、ポーチやら、人形やら、何やらいろいろなものがありました。

父方の祖母が亡くなった時も、同じように近所の人に

「おばあさんにいろいろ縫ってもらったよ~。」

なんて、声をかけてもらったのを思い出しました。

意外にも手先の器用な家系だったんだなぁと、今さらながらに思いました。

弟の子供たちと花火もできたし、、、
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トウモロコシも美味しかった。
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私の撮影したトウモロコシの写真を見た親戚に

「東京の人みたいなことしてるな~!」

って、笑われて、私も可笑しくて笑ってしまいました。

確かに、地元にずっと住んで、当たり前のようにこのトウモロコシを食べていたら、わざわざ写真にも撮らないですもんね。

でも、地元を離れてわかる、地元の良さってのもあるんですよね~。

例えば、フェイスブックに投稿したこちら。

近所のほとんどの奥様方がそば打ちをできるなんて、凄くないですか?

私は、弟にそば打ちを教えている母の姿を見て、「何気にスゴイことだよな~。」と、思い、フェイスブックに投稿しましたが、いいね数やコメントもいつもより多くて嬉しかったです(笑)

当たり前にしているそのことが、実はステキな事なんだよ~ってことに、自分で気付いたり、誰かに気付いてもらえると嬉しいなぁって思います。

話は変わり、

祖母が亡くなる前に、入院している祖母をお見舞いに行ったことがありました。

私は、小さくなった祖母を見て悲しくなって、少し泣いてしまいましたが

祖母は

「何にも悲しいことはないよ。

十分生きたから、満足しているよ。

泣くことないよ~。

この前夢を見て、これからいいところに行けるんだって、、、

楽しみだよ~。」

と言っていました。

満足な気持ちで、死を迎えることができるなんて、それはとても幸せなことだなぁと思いました。

もし私も90歳で死ぬとしたら、あと50年です。意外と長いなぁと思いましたが、きっとあっという間に過ぎていくんでしょうね。

どんな生き方をしたとしても、本当の意味での悔いっていうのは、最後の最後には残らないものなんじゃないのかなって思っています。

よく、「悔いが残らないように、精一杯生きる」とか言いますが、どう生きようと悔いが残る気がしない(笑)

そう思うと、逆に自由に生きれる感じがしませんか?私はそうでしたが。

輪廻転生的なものを信じていたりするからかもしれません。

まぁ、これも死ぬときにならないと分かりませんが。

私は、どんな風に死ぬのかな~ん(´ー`)

全然関係ありませんが、ブログのタイトルを変更しました。

最近しっくり来ていなかったので、昔昔書いていたブログのタイトルに戻してみました。

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